就業規則と賃金規程の作り方講座(書く・直す・届け出る・周知する)
区分2 契約の形を選ぶ★★★個別の合意とは、会社と労働者が、その人だけに当てはまる条件を話し合って決めることです。 時給、働く時間、手当などを、就業規則の基準とは別に、人ごとに決める場面で使われます。
法律は、まず合意で決めることを原則にしています。 労契法3条1項は、労働契約は、労働者と使用者(会社)が対等の立場で、合意によって結んだり変えたりするものだと定めています。
ただし、合意があれば何でも決められるわけではありません。 この単元の中心は、「合意で決めてよい範囲」と「合意でも決められない線」の分け方です。
混ざりやすい言葉を、先に分けておきます。
| 言葉 | 何のことか |
|---|---|
| 就業規則の基準 | 全員に当てはまる、会社の決め事。個別の契約が下回れない下限になる |
| 個別の契約(合意) | 人ごとの約束。就業規則を上回る内容なら有効 |
| 不合理な待遇差の禁止 | 正社員とパート・有期の人の待遇に、理由のない差をつけてはいけない決まり。パート有期法(パートタイム・有期雇用労働法)8条 |
| 差別的取扱いの禁止 | 正社員と同じに扱うべきパート・有期の人を、不利に扱ってはいけない決まり(パート有期法9条)。性別を理由にした差別は、均等法(男女雇用機会均等法)6条が禁じる |
| 待遇 | 基本給・賞与・手当・休暇・福利厚生など、働く人が受ける扱いの全部 |
通常の労働者とは、いわゆる正社員のことです。 短時間労働者はパート、有期雇用労働者は期間の定めのある契約の人を指し、登録ヘルパーも、有期か短時間で雇っていれば、この2つに当たります。
就業規則と個別の契約の関係は、次のとおりです。
個別の合意で変えてよいのは、就業規則の基準を下回らない範囲だけ。
みどり訪問介護(架空)の例です。 賃金規程の別表第2(No.11)に、中級1号俸の時給が1,600円と書いてあるとします。 D・E・Fさんは、登録ヘルパーです。Fさんは中級1号俸の基準に当たります。
| 個別の契約 | 扱い |
|---|---|
| Dさん(中級6号俸)の時給を1,700円にする | 有効(Dさんの基準は1,700円。同じ額) |
| Eさん(中級1号俸)の時給を1,650円にする | 有効(基準1,600円を上回る) |
| Fさん(中級1号俸)の時給を1,500円にして、本人が署名した | 1,500円の部分は無効。1,600円が適用される |
つまり、ヘルパーごとに時給が違うこと自体は、問題ありません。 基準より下に書いた契約が、そのまま通用しなくなる点に気をつけます。
労契法4条2項は、労働契約の内容(有期契約の事項も含む)を、できる限り書面で確認するよう定めています。 個別に条件を変える時も、変えた内容と、説明した経緯を、書面に残しておきます。
不利益な方向に変える場合は、特に注意が要ります。 労契法8条は、労働者と使用者の合意で労働条件を変えられると定めています。 ただし、賃金や退職金を下げる変更への同意は、本人が受け入れる行為をしたかどうかだけでは決まりません。 不利益の内容と程度・経緯・事前の説明に照らして判断されます。 本人が自由な意思で同意したと認める合理的な理由が、客観的にあるかどうかも判断の基準です(山梨県民信用組合事件、最高裁平成28年2月19日。「労働契約法のあらまし」の記載)。
ここからは法律の決まりではなく、実務のすすめです。 安全な扱いは、条件を変える時、変えた内容と日付を書いた書面を本人に渡して、受け取りの記録を残すことです。
なお、有期契約を更新する時は、訪問介護の通達(厚生労働省が労基署などに出す、法律の解釈や運用を示した文書。平成16年8月27日 基発第0827001号)が、更新のたびに労働条件を改めて明示するよう求めています。
厚生労働省の訪問介護員向けの資料(2014年)は、次のように注意しています。 就業規則を見直さないまま労働契約だけを直し続けると、就業規則を下回る部分は無効になります。その結果、就業規則の水準まで引き上がります。 個別の合意が増えるほど、基準を決める規則を直す必要があります。直し方は、No.13で扱います。
人ごとに契約を変えても、次の5つの線は越えられません。
| 線 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 1 就業規則を下回らない | 個別の合意でも、就業規則の基準より下げられない | 労契法12条 |
| 2 最低賃金を下回らない | 下回る契約の部分は無効で、最低賃金と同じ定めをしたものとみなされる | 最低賃金法4条 |
| 3 差別をしない(国籍など) | 国籍・信条・社会的身分を理由に、労働条件で差別しない | 労基法3条 |
| 3 差別をしない(賃金) | 女性であることを理由に、賃金で差別しない | 労基法4条 |
| 3 差別をしない(配置など) | 性別を理由に、配置・昇進・降格などで差別しない | 均等法6条 |
| 4 不合理な差をつけない | 正社員とパート・有期の人の待遇に、待遇ごとに見て不合理な差を設けない。同じに扱うべき人への差別的取扱いも禁止 | パート有期法8条・9条 |
| 5 説明する | 雇う時に待遇の内容を説明し、求められたら、正社員との待遇の差の内容と理由を説明する | パート有期法14条 |
最低賃金は、埼玉県で2026年10月1日から1,196円です(労務講座で扱った額)。実費の交通費は、最低賃金との比較に入れません。 育児休業などを取ったことを理由にした不利益な扱いも、育児・介護休業法などで禁止されています(厚生労働省の育児・介護休業の冊子)。
正社員とパート・有期の人の待遇の差は、線4のパート有期法で見ます。
パート有期法8条は、基本給・賞与・手当などの待遇ごとに、次を考えて、不合理な差を設けてはいけないと定めています。
大事なのは、待遇ごとに考える点です。 「正社員だから高い」と一括りにせず、手当ごとに「なぜ差があるのか」を言えるようにしておきます。登録ヘルパーの時給と手当の考え方は、賃金講座のNo.11でも読みました。
賞与については、同一労働同一賃金のガイドラインが2026年10月1日から改正されて適用されています。 会社の業績への貢献に応じて払う賞与は、貢献が同じなら同じ額を払います。 差があれば、差に応じた額を払います。 正社員には全員に何らかの賞与を払うのに、パート・有期の人には払わない、という例が、問題になる例として示されています。
次の表は、条文と厚生労働省の資料から読み取れる範囲で、場面ごとの可否を整理したものです。個別の事案は、実際の仕事の内容や働き方で変わります。
| 場面 | 可否 | 理由と条件 |
|---|---|---|
| 同じ登録ヘルパーでも、時給を人ごとに変える | 可 | 規程の基準と最低賃金を下回らない。経験・資格・受け持つ利用者の難しさなど、理由を説明できること |
| ベテランだけに手当を出す | 可(条件つき) | 手当の目的に合う基準(勤続年数・資格など)を決めて、賃金規程に書く。好き嫌いや曖昧な「ベテラン」は避ける |
| 正社員にだけ手当を出し、パート・有期には出さない | 手当ごとに要確認 | 手当の目的と、職務・配置の違いで説明できるか。同じ資格で同じ仕事なら、理由を見つけにくい |
| 週の所定時間を、人ごとに変える | 可(合意と書面) | 通知書に始業・終業の時刻と所定時間を書く。社会保険の加入基準に近づくので、時間数の確認も要る(正社員の4分の3以上働くと加入の対象になる。労務講座のNo.05) |
| 会社の都合で、契約上の週の時間を一方的に減らす | 原則不可 | 不利益な変更なので、本人の合意が要る。休業にする場合は休業手当(平均賃金の6割以上)の問題(労務講座のNo.09) |
| 昇給を人ごとに変える | 可 | 昇給の時期と基準は規則に書き、額は勤務成績などで各人ごとに決める(No.12) |
| 賞与を正社員だけに払う | 要注意 | 賞与の性質・目的に照らして説明できるか。ガイドライン改正で、貢献が同じなら同じ額という考え方 |
| 時給を、本人が納得したからと基準より低くする | 不可 | 就業規則を下回る部分は無効(労契法12条) |
| 女性であることを理由に、時給を低くする | 不可 | 労基法4条(賃金の男女差別の禁止) |
| 育児休業を取ったことを理由に、翌年の時給を下げる | 不可 | 育児・介護休業法の不利益取扱いの禁止 |
| 正社員との待遇の差を聞かれた | 説明が要る | 差の内容と理由を説明する義務がある(パート有期法14条2項) |
「要確認」「要注意」と書いた場面は、一度に結論を出さず、理由を書き出して、説明できるか確かめてから決めます。 迷う場合は、社労士に聞くことの欄に問いの形で書いておきます。
人ごとに契約が違う会社では、違いを一覧にして、理由と一緒に書いておくと、説明が楽になります。 これは法律の義務ではなく、実務のすすめです。パート有期法14条2項の「求められたら説明する」に備える資料にもなります。
みどり訪問介護の一覧の例です(人は匿名にします)。
| 人 | 契約の種類 | 所定の時間 | 時給と手当 | 理由 | 規程を下回っていないか |
|---|---|---|---|---|---|
| Aさん | 登録ヘルパー(有期) | 週15時間 | 中級6号俸 1,700円・介護福祉士の資格手当(時間額60円) | 介護福祉士の資格と勤続5年 | 基準と同じ |
| Bさん | 登録ヘルパー(有期) | 週10時間 | 初級1号俸 1,500円・資格手当なし | 資格なし、勤続1年 | 基準と同じ |
| Cさん | 正社員 | 週40時間 | 初級1号俸 月給170,000円・処遇改善手当50,000円 | 通常の勤務 | 基準と同じ |
一覧を作ったら、次の3点を確認します。
理由が書けない行は、基準か運用のどちらかを見直す合図です。
○ よくある勘違い:本人が納得して署名した契約なら、規則より低くてもよい → 就業規則を下回る部分は無効(労契法12条)
○ よくある勘違い:パートだから、手当や賞与がなくて当然 → 待遇ごとに、理由を説明できる必要がある(パート有期法8条)
○ 関係する単元:No.03(契約社員3か月)/No.10〜12(賃金規程)/No.13(規則の変更)
人ごとに契約を変えるのは、合意で決める範囲なら問題ない。ただし、就業規則を下回らない・最低賃金・差別をしない・不合理な差をつけない・説明する、の5つの線は越えられない。人ごとの一覧を作り、各行に理由を書いておく。
自社の規則づくりシートに書くこと
○ ②の欄:人ごとの契約の一覧(契約の種類・所定の時間・時給と手当・理由・規程を下回っていないか)を、全員分書く
○ ⑤の欄:理由が書けない行、雇用形態による待遇差の説明、手当を人ごとに変える基準
問1 賃金規程の別表で、登録ヘルパーのFさん(中級1号俸)の時給の基準は1,600円です。Fさんの契約書に1,500円と書かれ、本人も署名しています。この1,500円の部分の扱いはどれですか。
問2 登録ヘルパーのDさんから、「同じ仕事をしている正社員と、手当に差があるのはなぜですか」と聞かれました。会社の扱いとして正しいのはどれですか。
問3 みどり訪問介護が、賞与を正社員にだけ払い、パート・有期のヘルパーには払っていません。ガイドライン改正後の考え方として、正しいのはどれですか。
出典:労働契約法(https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128)3条・4条・7条・8条・12条/労働基準法(https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049)3条・4条/男女雇用機会均等法(https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000113)6条/パートタイム・有期雇用労働法(https://laws.e-gov.go.jp/law/405AC0000000076)8条・9条・14条/最低賃金法(https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000137)4条/労働契約法のあらまし(https://www.mhlw.go.jp/content/001234797.pdf)/同一労働同一賃金ガイドライン(改正後の本文 https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001696696.pdf、ページ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html)/訪問介護員のための魅力ある就労環境づくり(2014年 https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kaigo/dl/roumu_manual_07.pdf)/「訪問介護労働者の法定労働条件の確保について」平成16年8月27日基発第0827001号(https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb5448&dataType=1&pageNo=1)/埼玉県の最低賃金は厚生労働省の全国一覧による。確認日 2026-11-04。労基法は2026年7月17日施行の版、労契法は2020年4月1日施行の版、パート有期法・均等法は2026年10月1日施行の版、最低賃金法は2025年6月1日施行の版で確認。