就業規則と賃金規程の作り方講座(書く・直す・届け出る・周知する)
区分5 決めてから効かせるまで★★★不利益変更とは、すでに働いている労働者の労働条件を、前より悪くする変更のことです。 賃金を下げる、手当をなくす、休日を減らす、といった変更が入ります。
逆に、慶弔休暇を3日から5日に増やすような、条件がよくなる変更は不利益変更ではありません。 労契法(労働契約法)9条が止めているのは、労働者の「不利益に」変える場合だからです。
また、不利益かどうかは、個々の労働者ごとに見ます。 全体の平均では得でも、ある1人にとって損なら、その人にとっては不利益変更です。
この単元で出てくる、混ざりやすい3つを分けておきます。
| 言葉 | 何のことか |
|---|---|
| 就業規則の変更 | 会社が規則の条文を書き換えること(就業規則と、賃金規程などの「規程」の関係はNo.01) |
| 合意による変更 | 会社と労働者が話し合って、労働条件を変えること(労契法8条) |
| 合理的な変更 | 合意がなくても、理由が筋の通ったものとして認められる規則の変更(労契法10条) |
使用者とは、労働者を使う側のことで、ここではみどり訪問介護のような会社や、その経営者を指します。
労働者の条件を下げる道は、2つしかありません。
会社が一方的に規則を書き換えるだけでは、不利益な変更はできません。 労契法9条は、労働者と合意しないまま就業規則を変えて、労働条件を不利益に変更することはできない、と定めています。 ただし10条の場合は例外です。
10条の道を通るには、次の2つが要ります。
そして変更の手続きは、労働基準法(労基法)89条・90条のとおりです(労契法11条)。 意見書を付けて、労基署に届け出る流れは、No.14とNo.15で見ます。
労契法10条が挙げている事情は、次のとおりです。
この5つは、最高裁の第四銀行事件(平成9年2月28日)が挙げた7つの要素を、条文にまとめたものです。 7つは、次のとおりです。
代償措置と社会の一般的状況は、条文では「内容の相当性」に含まれて読まれます。
「労働組合等」には、組合がなくても過半数代表者(労働者の過半数を代表する人。選び方はNo.14)や、従業員の意思を代表する親睦会などが入ります。 12人の会社では、従業員の代表と話し合った記録が、この事情の裏付けになります。
一部の人にだけ大きな不利益が生じる変更は、合理性が認められなかった例があります(みちのく銀行事件、平成12年9月7日。厚労省の解説に載っています)。 たとえば「登録ヘルパーの移動手当だけを廃止する」のような変更は、この点で慎重に考える必要があります。
判決の細かい理屈までは、深追いしなくて構いません。 「不利益の大きさ・変更の必要性・代わりの措置・話し合いの記録」の4点で説明できるか、が見る所です。
道1の合意には、書面は要件ではありません。 ただし、署名や押印があれば何でも有効、というわけでもありません。
賃金や退職金のような重い条件の変更では、署名などの同意の行為があるだけでは足りません。自由な意思に基づいて同意したと認める合理的な理由が客観的にあるかを見ます。山梨県民信用組合事件(最高裁、平成28年2月19日)の判決の考え方です。 見るのは、次の3つです。
つまり、書面を渡して「ここに署名して」と求めただけでは足りません。 下がる金額・理由・いつからか・断ることもできることを、先に説明してあるかが問われます。
この考え方からすると、異議を言わなかったことや、下がった賃金を受け取り続けたことだけを、同意として扱うのは避けます。
ここからは法律の決まりではなく、実務のすすめです。 同意をもらう時は、変更前後の条件を並べた紙を渡して説明し、考える時間を置いて、説明した日付と相手の質問を会社の控えに残します。 この記録が、あとで「自由な意思だった」ことを説明する裏付けになります。
○ よくある勘違い:「就業規則を変えて周知した」だけで、不利益な変更が通る → 周知は10条の要件の1つにすぎず、変更の合理性も要る
○ 関係する単元:No.04(個別の合意と就業規則の強さ)/No.12(賞与・昇給を「約束になりすぎない」書き方に直す例)
新旧対照表は、直す条文について、改正前と改正後を左右に並べた表です。 就業規則(変更)届の様式例には「主な変更事項(条文・改正前・改正後)」の欄があり、そこに書く内容がこの表です。
最低限、次の列を作ります。
| 列 | 書くこと |
|---|---|
| 条文 | 条の番号と見出し |
| 改正前 | 今の条文を、一字一句そのまま |
| 改正後 | 直した条文。変えた所に下線を引く |
| 変更の理由 | 一言で(法改正への対応、実態に合わせる、など) |
| 不利益か | 不利益になる人がいるか。いるなら誰か |
表の外に、施行日(いつから変わるか)を1つ書きます。 周知した日より前の日付を施行日にすると、周知前に効力を持たせることになるので避けます。
みどり訪問介護(架空の会社)の例です。
| 条文 | 改正前 | 改正後 | 理由 | 不利益か |
|---|---|---|---|---|
| 第○条(慶弔休暇) | 本人の結婚の場合は3日 | 本人の結婚の場合は5日 | 休暇の拡充 | なし |
| 第○条(賞与) | 賞与は、年2回支給する | 賞与は、会社の業績等を勘案して支給することがある | 加算の変動に備える | 賞与を期待していた全員 |
| 第○条(適用範囲) | この規則は正社員に適用する | この規則は正社員に適用する。登録ヘルパーには別に定める規則を適用する | 実態に合わせる | 規則の適用が変わる人 |
「不利益か」の列で「あり」になった行は、第1章の道1か道2を通る必要があります。 2行目は、賞与の約束が弱まるので不利益変更です。理由・代わりの措置・説明の記録を用意します(賞与の書き方そのものはNo.12)。
届出に、変更した条文の新旧対照表だけを付けてよいかは、法律や国の資料に今の決まりが無いので、次の扱いにします。
改正後の就業規則の全文を付け、新旧対照表も一緒に付けます。 最終的な扱いは、提出先の労基署に電話で確認します。
不利益な変更は「合意」か「周知した上で合理的な変更」のどちらかを通る。同意は署名だけでなく、説明と経緯で見られる。変える時は新旧対照表を作り、不利益になる人がいるかを必ず書く。
自社の規則づくりシートに書くこと
○ 欄①(直す条文と新旧対照):直す条文を5つ選び、条文・改正前・改正後・理由・不利益かの表にする
○ 欄⑤(社労士に聞くこと):不利益になる行が出たら、合意と10条のどちらで進めるかを聞く
問1 みどり訪問介護が就業規則の賞与の条文を「年2回支給する」から「業績等を勘案して支給することがある」へ改め、全員に周知しました。反対はありませんが、個別の合意は取っていません。この変更の扱いとして正しいのは?
問2 賃金が下がる変更について、本人に同意書へ署名してもらいました。説明は「署名をお願いします」の一言だけでした。この同意についての考え方として適切なのは?
問3 新旧対照表を作る時の説明として、本文に合うものは?
出典:労働契約法(https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128)8条・9条・10条・11条・12条/厚生労働省「労働契約法のあらまし」(https://www.mhlw.go.jp/content/001234797.pdf)の第四銀行事件・みちのく銀行事件・山梨県民信用組合事件の記載/厚生労働省「就業規則(変更)届・意見書の様式例」(https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001749194.docx)。確認日 2026-11-04。労契法は2020年4月1日施行の版で確認。判決の内容は、厚労省の解説の記載によります。